犬人 ケン・ジン 12

部屋に当たり前に漂っていた獣臭がサッパリと無くなり、微かに線香の匂いが感じられる。

ユキは2020年1月20日(月曜日)、午前3時47分に亡くなった。15 歳と約一ヶ月。最後は穏やかであったが、木曜日の夕飯に手をつけない辺りから異変は始まり、金曜日、土曜日、日曜日と状態は悪化の一途であった。

金曜日頃は、まだそんなに危機感はなく、でも時々起き上がって外に出たがり、かなりの胃液を吐き出した。食べず、飲まず、ひたすら吐き出すだけなので、その頃は脱水症状を一番気にした。時々小さいスプーンで水を含ませる。

土曜日の夜はほぼ30分毎に外に出たがり、黄色い胃液は無くなり、白い泡と粘液になっていった。その頃は玄関前の廊下でグッタリと眠りにつき、でもしばらくすると起き上がって吐きに出る。でも、なかなか吐くこともできずに苦しげに廊下や庭をひたすら歩き回る。私も廊下で一晩付き合ったが、尋常な状態ではなく、この辺の状況の変化にはその場での対応以外には考えられなっかた。

掛かりつけの獣医は、土曜日、日曜日は臨時休業との事。ようやく日曜日に電話がつながって、確認できたのはそれだけ。月曜日になったら連れて行こうと思っていたら、そこまで持たなかった。

日曜日の夜には、起き上がろうともせず、ひたすら荒い呼吸を繰り返す。そんな中でも、なんとなく異変を感じて側に行くと、これでお終いかな、と感じて家内を起こし、最後は2人で見送る。

確かに数ヶ月前から足腰は弱ってはいたが、木曜日の午前中に久しぶりにからだを洗って、フロントラインを首筋に染み込ませた。もう一つ気になっていたお腹から脚の付け根までの痒みには、前の日曜日に獣医に診察を受け、もらった薬を丁寧に塗った。その時は、その後の異変の予感もなく、散歩もいつも通り。

普段から胃腸は丈夫で、便通も極めて良好。私よりも良いくらいであった。時々家の中でお漏らししたが、それは年齢からして仕方のない事、と家族は受け止めていた。木曜日の朝は食欲は普段通り。だtのに、なぜ急に。

前の日曜日に病院に行った時、私たちの後のワンコは食欲が無くなった、との事で病院に来ていた。その時は食欲が無くなった位で大袈裟なと思ったが、ヒョットしてトンデモナイ事だったのか?そして、その次の土曜日、日曜日の病院の臨時休業。確証の無い堂々巡りである。

分かっている事は、もうユキは元気にはならない。怒って噛みもしないし、散歩もしない。窮屈な思いをして、一緒にベットで寝ることも無い。

日中はあまり眠れなかったが、昨晩はウイスキーをガバガバ飲んで、夜は意外と眠った様で今朝は少し落ち着いている。空気は冷たいが晴天であり、久々の日本晴れと言える。そう言えば、昨日も良い天気だったか。

現状を受け入れようと思う。昨日は、朝9時には火葬にして、今は私の部屋の本棚にお骨が収まっている。

15 年の人生(犬生?)は家族に恵まれて平穏で楽しい時間だった。もう少し長く生きてると思っていただろう。ほんの3日程の苦しい時間が最後になってしまったので、早く火葬にして肉体から解放してあげたかった。

ー追記ー

今日は22日。今思い出したが、日曜日の夜遅くに少し汚れたからだをシャワーで洗ってあげた時、尻尾を振った。あの時点では、もう穏やかな気持ちだったのだろう。

23日。彼は土曜日から始まった激しい嘔吐の時にも、意外と状況を分かっていたのではないか、と思い始めた。もちろん何十回と言う激しい嘔吐では、体力も気力も消耗していただろうけれど、いつも庭に出て行った。それだから、嘔吐が治まった最後に尻尾を振る事ができたのではないか。そう思えたためか、昨晩から私の緊張が解け始めている。

2月18日。そろそろ1ヵ月になろうとしている。その間に、ゆきの痕跡は少なくなって行く。食べ物は千葉県の保護施設で引き取って貰った。ザラザラと呼んでいた粒状のエサ、南部市場でいつも調達している煮干し、亡くなるちょっと前にコストコで購入したパック入りの柔らかそうな食べ物。まだまだ元気で居ると思って買っていた、そのほとんどは数ヶ月は持ちそうな物だらけだった。数日前に、部屋の隅のイスの足元でゆきの毛の小さくまとまった名残りを見つけた。亡くなって1ヶ月も経つと抜け毛もほとんど見かけない。普段は床にまとまっている毛玉をポイッとごみ箱に捨てていたが、見つけた抜け毛、しかもホコリだらけの毛玉だったが、ポイッと捨てられず、小さなビニール袋にしまった。それ以外に部屋の中にはもう見当たらない。